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夜遅く、仕事の帰りに郊外でバスを待っていたら、なんだか黒い毛の塊が歩いてきました。犬や猫にしては脚が短すぎるし、ラクーンやオポッサムがあんなに真っ黒なはずはない…おまけに背中に白い線がある。
近くまで来ると、暗闇の中でも間違いなくこれでした。鼻をつまんで身動きせずに状況を見守りましたが、そいつは驚いた様子も見せず、だから幸い放屁もせず、無事に車道の方へ行きました。一瞬安心しかけたものの… 運悪く車が走ってきたので、黒い塊は途中で横断をやめ、また戻ってきてしまいました。また同じ所に来なくてもいいのに。再び鼻をつまんで凍りつく私。 その辺りはときどき臭いことがあります。スカンクの臭いは半径1km以上先まで届くんだそうです。でも本物はかなり臆病なので、普通は人前には出てきません。人間の足元を歩くなど、あり得ない事態です。しかし冬は半冬眠状態になるらしいので、空腹で頭が朦朧とした状態で出てきたのかもしれません。 スカンクは見た目が可愛いので、臭腺を取ってペットにしている人もいるらしいです。でも野生のスカンクに放屁された場合、皮膚に付いた臭いは専用の薬剤でも取れず、服も捨てるしかないということです。
沢尻エリカは日本語がちゃんと使えるんだろうか、周りの人たちも何とかしないんだろうかと思ったのがこれ。
「『この作品はきっと私にあう』と周囲が言うほど演りがいのある役なので」という部分は、おそらく括弧の使い方が間違ってます。どっちにしても全体の意味が通ってませんけど。 そして、主役をもらって映画に出ることになった挨拶が「沢尻、女優として、ひと肌脱ぎます」ってどういう意味なんでしょう。 わからん。周りの人たち、なんとかしてあげなさいよ。情けないったら。 健全な環境にいる子供は、周りの大人に躾けられてまともに育ちます。だけど見た目が可愛い子供って、いい大人が媚を売ってきたり、「おじさんとエッチなことしたらお菓子を買ってあげるよ」みたいに間違ったインプットを受けて育ってしまう確率がかなり高くなります。どっちも間違いなく児童虐待なんだけど、そういう子はもちろん世間並みの常識もないし、どんな我侭を言っても通るのが当たり前になってしまいます。私の周りには、男でも女でもそういう子供時代の被害者が結構います。沢尻エリカは母親が外国人でもあるし、日本で普通に扱われて育った可能性はあんまりないだろうと思ってしまいます。 しかし、わからないのは原作の漫画も同じ。これがマスメディアに乗っちゃう日本てやっぱり病める変態の天国か、と真剣に悩んでしまう私。私もけっこう異常な環境で育ったとは思いますが、もともとの精神構造が単純なせいか、あんまり屈折してません。というか、かなり病的な世界を垣間見てしまったからこそ、自分は健康を取り戻して生き延びたいと真剣に思います。病める人は実際に知ってるけど共感はできないです。
私のオフィスでは、毎年1月にどこかへ食事に行くことになっています。今年のレストランはここでした。私としては、今年も無事に予算が取れたことに大きな安堵を覚えるのでした。昨年もいろいろ波乱万丈ではありましたが、とりあえず倒産はせずに年越しとなったわけで。
普通の会社はクリスマス前の12月にパーティを開きます。だから年末はレストランが混んで予約が取れません。私はそれを避けるため、あえて1月にしているわけです。 でも今回は日曜だったため、一流レストランはほとんど休み。なのでややカジュアルな店になりましたが、5番街近くの高級住宅街ならではの優雅で落ち着いた雰囲気。そういう所へ、ブルックリンやクイーンズに住んでいる従業員をぞろぞろ連れて行ってしまうところも楽しみのひとつ。初回の人はだいたい緊張してますが、高いレストランぐらい慣れてもらわないと困るし。 とか言いながら、食事中の話題はなぜか回転寿司とかラーメンとか、日本の貧乏メシに行き着いてしまうのは今後の課題。私も含めて普段はみんなケチケチしてるのは事実ですが、なんで1本170ドルのシャンパン片手にメンチカツを語るんだ(分厚いワインリストはどっちにしても手に負えず、いつもどおりお店の人のお勧めに落ち着きました)。 料理はウニクリームのシーフードパスタとか鹿肉のパテとか、さすがにおいしかったです。サラダを注文しても、中に入ってる具が全部別々に下ごしらえしてあるし。しかし、しっかり味のソース(「松茸だし」などというものもあった)はついごはんにかけて食べたくなりました。ここのパンはみんな味つきで、単独ではおいしいんだけど、ソースをすくって食べるには白いパンの方がいいです。 最後のデザートはリンゴとかチョコレートとかおなじみの食材ながら、どうやったらあんな贅沢味に完成するのか見当もつきません。材料も吟味してるんだろうし、食べる時間より作る時間の方がずっと長いんだしね。 周りを見渡すと、日本女性のグループらしき人たちも来ていました。私たちよりずっと落ち着いた雰囲気ではありましたが…日本人はやっぱり食道楽ですね。
浮気をする理由なんて男も女も同じです。
(1)浮気に都合の良い出会いがある。 (2)本命をなめている。 (3)理性が本能に負けている。 (4)極端なストレスその他の理由で判断力が麻痺している。 歴史を振り返ると浮気が男の専売特許だったのは、結婚した女が浮気なんかしたら日々の糧を失うことになったからで、女の不貞行為は下手をすれば死罪にもなりました。だけど男にとって女子供は財産の一部でしたから、女と違って配偶者に忠義を尽くす必要なんてありませんでした。浮気の理由は「男は浮気をするもの」だからではありません。単なる力関係の不均衡です。だって浮気の相手になるのは、男がゲイでない限り女ですからね。 こんなことを書いているのはお正月からセクハラの件を引きずっているからですが、女も職場で浮気をする機会が増えた結果、「不倫」なんていう重い言葉が軽ーく使われるようになったわけです。既婚女性だって職場の誰かに優しくされたら、亭主なんて忘れていい気分になるのは当たり前で、そこで上記(1)は満たされます。自分は新しい服も買わないで我慢してるのに旦那が分不相応に高い車を買いたがってムカついてたりしたら、気分的には(2)に傾きやすくなります。そこで理性が本能に負ける人は、人生しくじる可能性も出てくるわけです。 見た目が良くて仕事もできて注目される人に浮気の機会がないはずはありませんが、それでも鋼鉄のような意志の持ち主は実際に存在します。単に配偶者に忠実というよりは、職業や社会的な地位に対する配慮も当然あります。彼らが相手かまわず愛想を振りまいたりすることはありません。 病的な浮気者に共通の特長は第一印象が良いこと、誰にでも愛想が良いこと、マメなことです。いかにもスケベっぽい人は相手に敬遠されますから、割とみんな好感度は高いです。私が実際に見た最も顕著な例はビル・クリントンでした。クリントンはなんとか政治生命を全うしましたが、タイガー・ウッズなんかは離婚騒ぎの後で成績もガタ落ちになりましたね。 浮気は道徳観念に欠ける一部の不埒者の問題ではありません。理性と本能のバランスが崩壊する可能性は誰にでもあるんじゃないかと私は思っています。
前回の記事で、家田荘子に似ていると言われたことを忘れたいと書いた理由ですが…。
この人はかつて、ニューヨークの日本女性について「イエローキャブ」という本を書きました。その内容があまりにも出鱈目だったので、地元の日本人がけっこう大勢集まって「いい加減にせえよ」と怒ったことがありました。私はその一人でした。 あの時は素人ばかりが集まって、メディア向けの公開質問状を送ったりしました。地元の裏事情を多少は知っている日本人が読んだら、とてもノンフィクションとは言えない内容だったからです。その後、本人はメディアを使って「バッシングされて辛い」と言い続け、ずっと被害者のような顔をしていますが…。 素人の寄せ集めだった私たちに対しては、ロス疑惑の三浦和義と同じ弁護士を使って、脅迫めいた返事を送ってきました。そして「イエローキャブ」の重版では、読者にもメディアにも一切の断りなしに、本文の内容を大幅に書き換えました(だから現在出回っている内容は、初版とはかなり違います)。 アマゾンの書評にも「『イエローキャブ』的な日本人女性は絶対数存在する」なんて書いてる人がいますが、この本は、そういう読者の支持を狙って書かれたフィクションです。フィクションならば何を書いてもまあ自由と言えますが、それをノンフィクションとして発表してしまったのが根本的にまずかったわけです。 そういう事情はまあ別として、なんらかの取材をして書いたということは認めたとしても…。私の感覚では、アマゾンに掲載されているオヤジ週刊誌のような触れ込みを読んだだけでうんざりしてきます。 「『あかん。日本人は魅力ないもん。』元スタイリストのヨシコ(35歳)、ドラッグの売人リカ(24歳)、東京とニューヨークでレイプを体験をした冬美(31歳)……孤独と貧乏暮らしに耐え、それでもアメリカに居続ける彼女たち。5カ月に及ぶ徹底取材の後に見えてきた日本女性の意外な素顔とは?衝撃のレポート!」 孤独と貧乏暮らしに耐え、世間の偏見と勝手な想像に耐え、あんまり人に言いたくないことも時々やって、それでもアメリカに居座ったのは私も同じです。「私はこの本に出てくるような人たちとは違います」などと言うつもりはまったくありません。だからこそ、こんなふうに覗き趣味のいい加減な本を書かれちゃたまらんとも思ったわけです。
また化粧品と寝巻を忘れて出張に出てしまいました。何もない田舎に夜遅く到着したため、翌日は本当にすっぴんで仕事に行くはめになりました。ついでにヘアアイロンも忘れました。私はもともと癖毛なので、普通のドライヤーでは髪がまっすぐ乾きません。
だって本当に頭が割れそうに忙しいんです。出張の日も7時ぐらいまでオフィスで仕事してから自分の車で2時間以上かけて移動したし。なんで私はこんな目に遭ってるんでしょうって、自業自得としか言えませんけど。 前にも書きましたが、私は芸能人には誰も似てません。しかしたまに突然「XXに似てる」と言い出す人がいます。最近またそういうことがありました。これまでの評価を列挙すると「大竹しのぶ」「香取慎吾」「桃井かおり」「鶴田真由」「葉月里緒菜」「ベティちゃん」「家田荘子」って、全部足して割ったら何が出てくるか想像もつかない上に男まで混ざってるという、あんまりお世辞にもならない変な組み合わせだと思いますが、まったく一貫性のないキャラが揃います(「慎吾ちゃん」と「家田荘子」は、その頃一時的に変な頭にしてたのがいけないんだと思います。できれば家田荘子は記憶から消したい)。 明日は家の外に停めてある車を動かさないと違反切符をもらってしまうので、朝からちゃんとオフィスに行かないといけません。しかし疲れが取れない。
トヨタのセクハラ問題が話題になった時…
最初は「40過ぎの勘違いおばさんがセクハラ騒ぎ」とか言ってた男性が、本人の写真が公開されて、美人だという評判が立った途端に好意的になった例。 それとは逆に、女性の反応は一気に冷たくなりました。セクハラの代償にお金をもらうのがそんなに羨ましいか?じゃあ自分でやってみる? 世間の目って怖いです。
今年は新年早々、セクハラ防止マニュアルの作成中。あんまり意欲の湧く仕事ではありません。おかげさまで、元旦から各組織のセクハラ文献をたくさん読んでます。
人はいくつになっても恋愛に夢を持っていたい傾向があると思うのです。しかし社内恋愛とセクハラの境界線は限りなく無に近いという、なんとも暗く重い現実。DVやレイプの通訳を散々した挙句に今度はこれかよ、と夢も希望もない正月を迎える私。夢と性欲にあふれた人間は、周囲の目も気にせず平気でアブナイことをするものです。 定年近くなってからセクハラで首を切られた北米トヨタの元社長だって、自分よりずっと若い秘書に入れあげて、毎日幸せな気分で会社に通っていたと思います。自分があれほど嫌われていたとは思ってなかったでしょう。他の面では頭が良かったはずなのに、バカだなーと思います(気の毒だとは思わないけど)。 20代の独身者に社内恋愛の弊害を説いたって聞く耳を持たないだろうとは思いますが、彼らはまだ若い分だけ真剣なので、色ボケの妻帯おじさんみたいに困ったことはしないのが普通です。そのかわり仕事に対する責任感も薄いのが普通なので、失恋で会社を休む女の子がいたりするのは迷惑なんだけど(女の子のお母さんたちは、大人になったら他人に自分を全部預けちゃダメって教えてくださいね)。 私が見てきた多くの会社には「職場の女に手を出すな」みたいな不文律がありました。それを知らず、お昼に同僚の男の子とラーメン食べに行って帰ってきたら、もう噂になってたり。私はぜんぜんそんなつもりはなかったけど(カウンターに座って割り勘でラーメンだし)、「そんなつもりはなかった」が通ったらセクハラは成立しないのも事実です。男ばかりの職場だと、女のやることは何でも目立ちます。若いうちって、そういう自覚はほとんどありません。で、無自覚のせいで周りに迷惑をかけて涼しい顔をしていても、「女の子」というだけで許されちゃったりするんです。そのまま年を取るとオバカなおばさんになっちゃうけど。 セクハラといえば、アブラぎったおじさんが若い女の子に不埒な真似をする場面を想像する人が多いと思いますが、現実はそう単純ではありません。最初は合意の上で始まった関係だって、どっちかの気持ちが途中で冷めて、捨てられた方が追いすがれば「セクハラされてる」という主張が成立します。だって嫌がってるのは事実なんだから。 関係がこじれたら会社で立場が下だった人が辞めることがよくありますが、それだって「上司のせいで職場にいられなくなった」という主張の根拠になります(アメリカで裁判になれば、上下関係のある同士が「合意に基づく対等な関係を持った」という主張は困難です)。 セクハラの定義って、相手が嫌がってるかどうかしかないんです。「好きだから意地悪しちゃう」とか「嫌い嫌いも好きのうち」なんて言ってたら大変なことになります。嫌がってるようには見えなくても、「職場の先輩だから強くイヤと言えなかった」という主張も成立するし、それが事実の場合も少なからずあります。 アメリカでも職場恋愛やセクハラの問題に正解はありません。雇用者としては面倒くさいから避けて通りたい、しかし問題が起これば雇用者の責任も追及されるというわけで、本当に難しく頭の痛い話です。お正月を返上してお勉強した結論は、ごく普通に「色恋沙汰は職場の外でやりましょう」でした。どうしても同じ職場にいる人と付き合いたい場合の鉄則も同じく「職場の外でやりましょう」。 そう思って身近な例を考えてみると、遊び人でない有能でまともな男性が、仕事のついでに女を口説いたりしないのは事実だと思います。逆に言えば、仕事中に曖昧な近づき方をしてくる男はちょっとズルイ、またはマナー知らずのところがある。私は別にもてる方ではありませんが、かなり不特定多数の人を相手に長年仕事をしているので、それなりに信憑性のあるデータが集まっていると思います。
今年も明けてしまいました。
クリスマス直前に入った翻訳はなんとか無事に納品したものの…年末から持ち越しの仕事が2件。おまけにオフィス内でちょっと面倒な事態が発生。おかげで年末も元旦も従業員に業務連絡。 いくらなんでも今日はオフィスには行ってません。うちの近所はお店もレストランもほとんど無休。私はなんだか強いお酒がほしくなってテキーラを買ってきました。いい匂いなので冷やしたらもったいないかも。しかし強いですね。ショットグラス1杯をちびちび飲んでます。
クリスマス前に仕事が一段落し、これから会計などを着実に片付けて年末まで休もうと思っていたところ、やはり考えが甘かった。夕方突然、急ぎの原稿が予告なしにどっさり。
クリスマス前は職場でもケーキとシャンパンでお祝いなどしようかと計画していたのですが、新しい仕事が本当に年末に終わるのか心配の種になりました。当日は最後まで机にかじりついている従業員をその他全員でせきたててボトルを空け、なんか仕事の合間に昼間から飲んでるような、非常に不真面目な雰囲気となりました。結局みんなで飲み食いした後また仕事に戻り、今年のまとめなど何もできないまま急ぎの仕事を途中まで片付けて解散。来週もこの続きです。 今のところずっと忙しい状態が続いているのですが、この業種は仕事の量が予想できず、急に予定が変わる上に常に増えたり減ったりするのが困ったところ。私は仕事が減ったらお金を使わずに暮らせば済むわけですが、従業員はそうも行きません。これは来年の大きな課題です。
金生日死去のニュースはアメリカでも大きく取り上げられてます。昨日も書きましたが、これから日中韓の関係はどうなって行くんでしょう。日本は沈み行く無敵艦隊にならないと良いんだけど、すでにけっこう危険な状態だと思います。
とりあえず韓国と日本は結託することに合意したようで、敵が外にいる状態は戦略的提携の推進には役に立つのかもしれません。
韓国の日本大使館前に従軍慰安婦像を建てたのは誰の意向か知りませんが、撤去しろだのもっと増やすだの、なんかもう子供の喧嘩みたいでバカバカしくなってきます。
過去数十年間、従軍慰安婦問題に関する日本政府の対応はあまりにもお粗末過ぎました。この種の問題で、何十年も前に一度金を払ったから黙ってろと言われて納得する被害者がいたら、その方が不思議です。日本の政治家は今でも、女の人権なんて金で買えると信じて疑わないんでしょう。売春禁止法なんかも、日本ではまったく実体のないザル法だし。 慰安婦問題や南京大虐殺も含めたアジア諸国への侵略行為や民間人への虐待は、金を払ったとか、もう終わったとか言って解決するものではありません。西欧の植民地政策やアメリカの奴隷制度が、今でも人種問題として尾を引いているのと同じことです。 こういう問題に関して中国と韓国が今まで比較的おとなしかったのは、アジアの中では日本の国力が圧倒的に強かったから我慢していただけの話です。第三世界の各国が、昔から欧米の横暴に耐えているのと同じです。 だけど日本はどんどん落ち込む一方で、中国と韓国はどんどん力をつけていますから、これからの関係は今までと同じわけには行きません。日本政府の対応は相変わらずお粗末の極み。一体どうする気なんでしょう。
11月から昨日まで週末も休みなし。先週は翻訳の仕事を断ったにもかかわらず他の仕事がたて続けに入り、結局金曜まで毎日仕事をすることになりました。
忙しいのは良いことなんだけど、忙しすぎる状態がいつまでも続くと身体をこわします。私は今回、頭が痛くなったり心臓が痛くなったり色々まずいことがあり、Red Bullを常飲するよりコーヒーの方がましなことなど、色々と学習しました。 うちの近所にSarabeth's Kitchenという割と有名な家庭料理風のレストランがあり、そこのお店からジャムやコーヒーも出ています。お店自体は有名になりすぎて週末のブランチなど観光客だらけになりますが、今日はコーヒーを買ってみました。スターバックスの半額ぐらいで、なかなかいい匂いがします。ニューヨークで一番おいしいコーヒーはZabar'sだという人もいますが、ここも値段は一袋8ドルで、近所のスーパーマーケットで売っているスターバックスの半額ぐらいです。安くておいしいのは大歓迎です。 さっき外に出た時にブレッドプディングを買ってきたので、明日の朝、コーヒーを飲みながら食べようと思います。うちでコーヒー飲みながら朝食なんて本当に久しぶりです。 忙しい時は移動に自分の車を使うことが多く、夜は家の近くに路上駐車することになります。翌日すぐ使う場合はまだ良いのですが、数日後にはどこに停めたか忘れていることがあります。忙しい時の記憶力はまったく当てになりません。 誰かから電話があると連絡事項をその辺の紙くずに書いておく癖はいつまでも直らず、だから必要な情報をなくしたり捨ててしまったりの繰り返しです。郵便物もどういうわけか必要な物を捨ててしまう傾向があるので、自分の机には封筒に入ったものを置かないようにしています。 忙しい時は発作的に財布の紐が緩む傾向もあり、そのお陰で結構とんでもない値段のボッテガ・ヴェネタを持ってたりします。今使っている腕時計も夏のボストン出張中に発作的に買いました。まあ持っていれば重宝な物ばかりなので、たまには普段のケチ臭い買い物ぶりを離脱しても良いかと思うことにしています。しかし最近のお気に入りは24ドルで買った古着のジャケットだったりして、それを着て知らん顔で裁判の通訳に行ったりするのも楽しみなのでした。 今週はそろそろ発作的な買い物の時期にさしかかっていた模様で、ふらっと入ったお店にiPadがあったので、あったからまあ買っとくか、という誰が聞いても納得できないような理由で購入に及びました。私にアップル製品を勧めていた従業員2名でさえ、「iPadから送信」と但し書きのついたEメールを送ったら、一体何が起きたんだという反応でした。彼らは私の機械嫌いとケチを既に熟知しているはずですが、唐突な買い物のパターンはまだ把握していないようです。 しかしiPadを買ったお陰で電子辞書もコンピューターも予定表も持ち歩く必要がなくなり、通訳の荷物がかなり軽くなりました。これで肩凝りが軽減されればまあ良い買い物かもしれません。
最近一緒に仕事をした女性の弁護士は、ものすごく優秀で弁舌巧みな人でした。あれだけ高度に話す技術を持った人に会うことは滅多にありません。 もちろんワーカホリックだらけの弁護士の中でも異常なほど年中無休で働いてますが、凡人がいくら努力したところで到達できるような水準ではありません。ああいう人を見ていると、人間には生まれつきの才能というものが歴然とあるのだと思います。
なんだけど、こういう立派な人が、自分より若い女を見るとムキになっていじめたりするんですよね。大人気ないと言うか、技はあっても人間ができてないというか、イメージが意外と大切な職業にしてはみっともないというか。 私はそのあたり割と見栄を張る方なので、若いもんを本能に任せていびるようなおばさんになるのは恥ずかしいと思うのです。しかも、ただでさえ女史風のおっかない人が揃ってるこの業界で、大年増が若い女の子をいじめてる図なんて醜悪すぎます。 だけどそれ以前の問題として、私は別に誰かをいびりたい気分にもならないんですよね。前にも書いたけどおめでたい性格なんで。だからそういう気分になる女性の心理というものはまったく理解できず、どこに行っても予防策を講じることができず、何かボケをやってるんだろうと思います。 最近、職業上きわめて成功している年長女性のこういう面ばかり見ているのでちょっと疲れています。というか、かなり失望してめげてます。極端な話、お客さんは男性の方が安心できたりして。
Red Bullの飲みすぎで心臓が痛いです。一気飲みしないで時間をかけてちょこちょこ飲んではいるのですが、もともと疲れている時に無理に元気を出し続けてはいけないわけです。そんなわけで刺激剤の効果を薄めようとGatoradeの一気飲み。最近やたらと水分を摂取していて、1リットルぐらい平気で飲んでしまいます。低カロリー版とは言え糖分も入ってますが、吸収が早いので飲みやすいです。
昨日の夜、2週間も前に出した請求書について文句をつけてきた通訳会社がありました(通訳会社といってもアメリカでは翻訳会社が片手間でやっているので、その内容はまあそれなりですが…)。出張費用の細かいところをどうのこうの、そんなもん私に言う前に自分で調べろ!と思いつつ、1日で通訳料金と移動拘束費の両方が発生しているのは、あんたたちが無茶なスケジュールを組んだせいで私が14時間拘束を強いられたせいでしょうが、移動の日だって時間は使ってるんだから食事代もインターネット使用代もかかって当たり前でしょ、出張の中日に通訳業務がなくたって観光してるわけじゃないんだから拘束費は請求しますよ、などと、もうお子様に噛んで含めるような返事を書くバカバカしさ。1日14時間も拘束されたら、日当だって倍つけたいけど我慢してんだからね。 今日の朝は、何度もしつこく連絡してきて翻訳料金を値切ってきた某社が、意味もなく散々待たせた上に、勝手に締め切りを繰り上げ、ふざけた条件を山のようにくっつけて偉そうに発注してやるとか言ってきたので、この条件では手に負えませんから受けられませんと断ったところ、今度は慌てて条件を譲歩してきたので無視しました。この手の取引先は下請けいびりが趣味みたいなものですから、仕事を請けてからも無駄な時間を取られて迷惑なんです。だけど、なんで断られると思わなかったんでしょうねえ。暇で困ってたら我慢して受けたかもしれないけど、私、すごく忙しいって言わなかった? 私だって、予算がないから何とかしてくれという依頼なら無下に断りません。だけど予算たっぷりの大企業が、無駄な時間をたっぷりかけて、くだらないダンピング行為をするのは我慢できません。8.75%の割引では足りないから10%に落とせとか、せいぜい60ドルぐらいの額を表やら数式やら作って図示しつつ要求してくる。1.25%の違いが60万ドルになるんならわかるけど、60ドルって子供の小遣いじゃん。あんたたち、そんな額に執着するほど給料低いわけ?とか考えながらも口には出さず。真面目な話、私なんかに因縁つけてないで生産的な仕事に従事せんか!と本気で思います。あの会社、あんなことやってる社員に人件費を浪費してたら儲かってないだろうなあ。ああ日本の将来は暗い…。 今日は買ったばかりの炊飯器でごはんを炊いているところ。お米を食べなくても平気な方ですが、やっぱりアジア食は胃にもたれず健康的だと思います。韓国マーケットで買ってきた大根葉炒めとか焼き魚とかをおかずにして食べようと思います。
ずいぶん何も書いてない気がしてたのに、実際まだ2週間ちょっとしか経ってないじゃん、という気分になってます。いつも読んでくれていた人にとっては、2週間も音沙汰なしとはけしからん事態かもしれませんけど。
どういうわけか日本の会社はどこも裁判を抱えているらしく、法律関係の仕事が絶えません。私はずっと発狂寸前の状態で自転車を漕いでます。 そういう状態の中で従業員が新しくビザを申請すると言い続け、書類がどっさり必要なのに何からどう手をつけて良いのかわかってないらしく、なんでもっと早く相談しなかったんだと文句を言いつつも、私はずっと忙しくて時間がない状態だったことは自分でもわかっています。 私はこの繁忙状態の中で通訳のために外出ばかりしているにも関わらず、相変わらずスマートフォンもタブレットの類も一切持っていません。ガジェット好きの従業員2名がアップル系の道具を熱心に勧めるのですが、私は家具を道で拾ってくるぐらいケチなことは知ってるでしょうが。アップル製品は高いんだってば。私が無駄遣いしてたら従業員の給料にも響くんだってば。そんなわけで私は安いKindleに関心が傾いているのですが、機械いじりをしている暇なんてあるわけないので彼らに保守作業を頼むしかなく、彼らの嫌いな道具を買ったら労働意欲が下がることもわかっているのでした。 今日は久しぶりにオフィスに戻り、Eメールの返事を書くだけで半日以上を費やし、どっさり溜まった翻訳作業はなかなか進まず。だけどスーツで外出しなくて済むのは気が楽です。 そして仕事の帰りに安売りの韓国スーパーマーケットに出向き、何年も決断していなかった炊飯器をとうとう購入しました。お値段は約110ドル。この程度の買い物にも私は散々迷うんです。だから好きでもないiPadなどというものに800ドルも出すはずがないんです。しかしそれで仕事が滞ってるとしたら、どっちが損なのかはわかりませんけど。
日本の状況は知りませんが、アメリカでは裁判の通訳だけはやりたくないという人が結構います。理由は前回書いたとおり、通訳者同士の醜い争いに耐えられないからです。逆にいちゃもん専門の有名人通訳者も何人かいて、そういう人に知らずに当たると、もう通訳をやめたいなどと言い出す人もいたりします。
弁護士同士もかなり低次元の争いを繰り広げることがありますが、彼らはお互いに反対の立場から争っているわけで、通訳とは全く役割が違います。弁護士の真似をして余計な口を出す通訳があまりに多いのは、本当にみっともなくて恥ずかしくなります。 はっきり言って、私はこの仕事が天職だとも生きがいだとも思っていませんから、真面目にやってはいるつもりですが、何が何でも自分の優位性を死守しようなどという気持ちはありません。一定水準以上の仕事をして、それに見合った料金をもらえれば文句はないです。気が付いたら大変な仕事ばかり来るようになったので料金も高めに設定していますが、今の半分の料金でもっとストレスの少ない仕事をするのも充分にアリだと思っています。 しかしどんなレベルでどんな仕事をしていようと、相互の敬意もなく礼節もわきまえない同業者が山のようにいることだけは耐えられません。私はかなり口が悪い方ではありますが、他人の足を引っ張ったり、失敗するのを見て喜んだり、仕事中に相手を侮辱するようなことは言いません。まして裁判の証言中に余計な発言なんて絶対にしません。それに、特に自分より若い人が自信を失うようなことは慎むよう心がけています。だから特に、私より経験の長い人たちのお粗末なマナーを見ているとうんざりするんです。 翻訳業界にも同じ問題はありますが、何とかならんのかね。やっぱり無理かなあ。
裁判に行くたびに腹が立つのが、同席している通訳者のマナーの悪さ。前にも何度か書きましたが、他の通訳者の仕事にとにかくケチをつけて自分だけ目立ちたがる。そのためにギャーギャー騒いで時間を無駄にする。お前らには「中立的立場で意思の疎通を助け、自分は表に出ない」という職業倫理のかけらもないのかと、いつも絶望的な気分になります。
しかもみんな私より年上で経験も長い人たちですから、私は絶対こんな年寄りにはなりたくないと思うだけで、まったく何のお手本にもなりません。若い世代の通訳者が育たないのもお前らのせいだ、と怒りたくなります。 おまけに今回初めて当たった通訳者は、一体なんだこりゃと思うほど通訳自体がヘタでした。かなりご年配の方で、学歴などは非常にご立派なんですが、英語ができる人が少なかった時代だからこそ通用したんでしょうね。 私はもともと口が悪いので、控え室に戻ったらつい「彼は耳が遠いに違いない」などと口走り、他の人たちも便乗して「入れ歯を換えて発音を直せ」などと罵倒しまくっていましたが、そういう次元の問題ではありません。証人の発言をきちんと理解できない、聞き取った発言を最後まで記憶できない、英作文の技術が非常に低い、文法めちゃくちゃ、苦しくなると大意に関係ない部分ばかり細切れに逐語訳するなど、通訳者としては根本的にダメな人なんです。若くて身の程知らずな人がうっかり引き受けちゃった仕事なら同情の余地もありますが、すでに腐った鯛みたいな人が、どう考えても無理な仕事を堂々と引き受けてはいけません。 特許や独禁法の証言をするような高学歴の証人なら、専門分野の英語がまったく理解できない人はほとんどいませんから、あんまりヘタな通訳だったらいない方がマシなこともあります。今回の通訳者は証人の発言を聞き取りも理解もできずに「それはどういう意味ですか」などと何度も聞きなおし、おまけに自分で勝手に言い直して「つまりこういうことですか」などと話し込んでいる。前代未聞のとんでもないマナーです。しかも訳出が異常に遅い。おかげで証人は「さっきの質問はなんでしたか」「もう一度最初から言い直してください」などと言い出す始末。 あんまりひどい時は横から直しを入れるのが私の仕事ですが、その通訳者がいつまも考え込んで黙っているので、私が訳そうとすると妨害だと言って怒り出す。しかし知らない単語を小声で助けてあげると、それは黙って使う。明らかに間違ったことを言っているのを直すと「オマエの方が間違っている」「同じことじゃないか」などと喧嘩を売ってくる。そのうち「言葉というものは解釈によって様々な意味を持つもので…」などと演説を始める。そんなこと言ってて法廷通訳が務まるかバカモン。発言の真意が不明な場合は訳す前に確かめないといけないんです、余計なことは言わずに簡潔かつ迅速に。おかげで私はかなり何度も「この場で討論を行う意図はありません」と遮ったと思います。 私は他の通訳者に直しを入れる立場の場合、基本的にできるだけ黙っています。横から口を出しすぎると証人の気が散るし、それに、文法めちゃくちゃで意味を成さない英文なんて、最初から最後まで全部直すしかありませんよね。そんなことをやってたら証言が進みませんから、情報として重要でない場合はもう全部放置しました。最初は証人側の弁護士が「通訳者を入れ替えた方が良いのではないか」と言い始め、そのうち相手側の弁護士まで「あなたがもう一度全部訳しなおしてください」などと言い出す始末。 通訳者の技術に個人差があるのは当然で、明らかに自分よりできない人を見下して楽しむような卑しい根性にはなりたくないと思うのですが、どう見ても能力不足の通訳者が「横から口を出すな」「オマエの方が間違っている」「そんなことは言わなかったと思う」などと挑みかかって長々と演説を続け、そんなことで証言の時間を無駄に食いつぶすのは本当にお門違いです。若気の至りならまあ指導の余地もありますが、私より経験の長い人たちがプロ意識のかけらもない態度を見せるのは我慢できません。 こういう人が現れると「相手の通訳が年下の女性だから気の毒」などという擁護論が必ず登場し、それでよけい腹が立つんですよね。それって何? 年下の女は黙ってろって? 年寄りの男ってそんなに偉いの? ふざけんじゃないよ。 私はすでに全然若くない年ですけど、自分よりずっと若い弁護士にも、相変わらず偉そうな態度で物を言われます。しかしもっと外見が老けている人たちは、とりあえず丁重に扱ってもらえます。私の場合は貫禄のない外見と不真面目そうな雰囲気がいけないんだと言われることもありますが、外見に関してはかなり我慢して普通っぽくしているので、不真面目というほどでもないと自分では思っています。なんでいつまでもこんなことを言われなきゃならないんでしょう。 (おまけ)今回の出張における忘れ物は着替えのパンツ(下着ではない方です)。移動日が日曜だったので普段着にすっぴんでホテルに到着しており、着いてから慌てて買い物に行き、粘着テープで裾上げしてミーティングに行きました。その翌日はオフィスの従業員に「何かあったらすぐ携帯に電話するように」と指示を残したくせに携帯を忘れて仕事に行き、電話しろと言ったくせに「携帯忘れてきました」というEメールを送るはめになりました。かつては従業員も呆れ笑っていたかもしれませんが、今ではもう驚きもしないと思います。
モーツァルトでもトルストイでも、芸術家の妻は悪妻にされがちです。主な原因は、彼らを崇拝する伝記作家たちが、本人の悪行をすべて妻のせいにしてしまったことらしいです。だから悪行を重ねた芸術家ほどとんでもない女に振り回されて苦労したことになっているのですが、太宰治もその一例です。
太宰治は生前から「才あって徳なし」と言われたろくでなしですが、それでも苦悩の芸術家で通ってしまいます。最後は妻と子供と愛人を残して別の愛人と心中しましたが、それまでに何度も自殺未遂を繰り返しており、最初の未遂では自分だけ生き残り、心中をもちかけられた若い愛人だけが死にました。 最後にとうとう(やっと?)心中を遂げた女性は手首を紐でつないで入水したそうです。それまでの経過を知っていればこそ、そうでもしないと自分だけ死ぬかもしれないという疑念は非常に正しいと思いますが、そのおかげで彼女が悲劇の文豪を死に追いやったように言われていました。 まず太宰の周りの男たちが、みんなして彼女を悪者にしたようです。 「知能も低くこれという魅力もない女」(臼井吉見) 「みんな呆れかへつてゐたやうな頭の悪い女であつた」(坂口安吾) 「頭の悪そうな、感傷過剰症の女」(中野好夫) 「酒場女」(野田宇太郎) しかし、これを見て「頭の悪そうな」「魅力もない女」なんて思う男がいるか? しかも「酒場女」というのは完全に嘘。彼女は銀座の美容院の経営者で、商社勤務の夫を戦争で亡くした未亡人で、女学校を卒業していて、その後も大学で勉強を続けていたらしいし、妻子持ちのくせに最初に彼女を誘ったのは太宰治の方らしい。ここまで事実を捻じ曲げてしまう男の世界の醜さを見ていると、小説家の言うことなんて信じられんと思いますね。 坂口安吾はさらに「元々、本当に女に惚れるなどといふことは、芸道の人には、できないものである。芸道とは、さういふ鬼だけの棲むところだ」と書いています。これは正直な話だと思います。太宰治は恋愛中毒気味ではありましたが、女には甘えて頼って尽くさせるだけ。実際はっきり言って、良き家庭人になるような人の書くものは、建前や妥協や遠慮が邪魔をして面白くないです。 だけど太宰治の書くものは…小学校の教科書で「走れメロス」を読んだ時もピンと来なかったのですが、高校生の時に「人間失格」を読んだ時は、この野郎、いい加減にしろよと本気で思いました。
私が学生の頃、ニューヨークには貧困者向けの住宅が至る所にありました。日本だと特殊な地域に集められているような人たちが、街中どこにでも住んでいたわけです。アパートを見つける前の仮住まいだったYMCAも生活保護老人が大勢いて、不潔で臭い人や、脳味噌が切れちゃってる人が結構いることが悩みの種でした。
その次に住んだ所も生活保護の人が大勢いて、みんな年寄りで他人に危害を加えるようなことはなかったのですが、頭が別世界に行っちゃってる人はやっぱり結構いました。本来ならそういう人向けの施設に入った方がいいと思うのですが、貧乏人はこうして飼い殺しにするのが先進国の慣わしなんでしょう。 日本だと、山谷やあいりん地区の「ビジネスホテル」はけっこう清潔そうだし、ホームレスの人たちのダンボールの組み立て方も野営の仕方もきわめて秩序が保たれていますが、ニューヨークの安宿はすごかったです。バスタブなんて、使用前に壁全体にシャワーの水を流してゴキブリを洗い流さないと踏み込めなかったし、必ず毎回、一緒に流れるゴキブリで水が真っ黒になりました(注:ニューヨークのゴキブリは小型で動きが鈍い)。私が寝ていた夜中に、すぐ向かいの住人が上階の窓から顔を出して外の通路にゲロを吐いたこともあったりして、心身ともによろしくない環境でした。 まあ、ベッドのシーツは無料で交換してくれたし、中身はわからないけど食事の配給もあったし、私はどっちの恩恵も受けませんでしたが、あそこにいれば最低の食住はなんとかなったわけで、だからそういう最低の需要が満たせない人たちが大勢住んでいたわけです。 高齢者が多いこともあって、誰かが死ぬと警察が来て、建物中に物々しい雰囲気が漂いました。私までこんな所で病気になって死ぬのはイヤだと思って1年で引っ越しましたが、何しろニューヨークの家賃は高いので、学生時代を通じてキッチンなしの部屋に住んでいました。部屋の端っこにコンロと小型冷蔵庫はありましたが、鍋釜を洗う場所はバスタブだけ。別に私だけがこんなすさまじい生活をしていたわけでもなく、あの頃のニューヨークはそういう所だったんです。今でも、お金持ちでもないのにネズミもゴキブリも出ないアパートに住んでいる人は運が良い方だと思います。 なんでこんなことを突然思い出して書いたかというと、日本のドヤ街や特殊飲食街に顔を突っ込んでは偽悪趣味を発揮している、B級粋人またはハードボイルド気取りの勘違い男たちの書いたものを最近読んだからです。「ドヤに泊まった」とか「女子供の行く所じゃない」とか偉そうに吹かすんじゃねえ。だいたい、女のいない特殊飲食街なんて成立しないだろうが。このバカったれどもが。
会社には社内情報を管理する規程があります。昔は印刷した紙を勝手に持ち出すなと言えば済んだのでしょうが、今では情報がほとんど電子化されています。文書によってはパスワード保護されていたり、電子ファイルを勝手に添付して他所に送るなという規則があったりします。
しかし大量の文書を外のベンダーに管理させているのが普通なので、会社の外に出すなというのはほぼ不可能。情報管理の水準はベンダーの管理状況次第です。電子データの管理システムはどんどん複雑化するので、会社の中で分類しているだけでは、もう追いつかない状態になっています。 アメリカの会社は帰宅時間が早い代わりに自宅勤務の時間が多いので、自宅からでも会社のファイルにアクセス可能なシステムができています。だから自宅にも会社用のコンピューターがあり、私用のコンピューターに会社の情報をダウンロードすることは禁じられています。 しかし翻訳会社に送っちゃったファイルなんかはもう何が起きるかわかりません。かつて私の所にも、仕事を引き受けてもいないのに、極秘の裁判資料をどっさり勝手に送ってきた業者がありました。そのとき私は偶然、同じ裁判で相手方の弁護士から仕事を請け負っていたため、敵の極秘資料なんていうのもを絶対に見せてはいけない立場なのでした。なんとも恐ろしい話です。 私の所では相変わらずオフィス内のコンピューターのみファイルを共有できるシステムを使っていますが、これもかなり不便になってきました。なにしろ先日みたいに、朝の出勤前から「今すぐ訳せ」とか、夜遅くなってから「これをちょっと見直してほしい」なんていう仕事が結構入るので、自宅でオフィスのファイルが開けないのはかなり不便です。同じ理由で従業員も自宅勤務が結構多いので、いちいちファイルを転送してダウンロードするのはあまりよろしくありません。 そんなわけで最近はデータ管理会社からスペースを借りることを考えています。私はもともと何でもかんでも自分でやってしまう方なのですが、私の手には負えないことがだんだん増えてきました。
石川遼の「熱愛発覚」はどうでもいいんですが、お母さんが「発表」というのも気の毒な話だなあと思っていたところ…
ファンが様々な反応を見せる中、眞鍋かをりは「石川遼くんの熱愛が発覚してショックなどと言っている女性が多いのですが、私は遼くんを母親目線でもなく彼女目線でもなく、ただただエロい目で見ているので今回の熱愛はいろんな妄想がかきたてられてむしろウマウマです」と暴露。 眞鍋かをりについては私はよく知りませんが、なんか面白い人ですね。一般人に同じことを言ったらセクハラの世界ですけど。
私は普通、好きな本の紹介はしても推薦はしませんが…。この業界にいる人間なら肝に銘じておくべき当たり前のことを書いた本が、日本で初めて出たようです。
日本人の9割に英語はいらない 英語業界のカモになるな! 本の帯には「英語ができても、バカはやっぱりバカである」。本当そのとおりです。 とにかく英語に対する崇拝とか憧れとか過大評価みたいなもの一切を取り払ってからでないと、日本人がどんなに「英会話」を勉強したところで「欧米に憧れるアジアの田舎者」以上にはなれません。英語のできるバカ、ニューヨークにいくらでもいますよ。 アメリカに来たての日本人は、想像を超えるバカなアメリカ人に大量に遭遇して驚きます(だけどもうちょっと現地の事情がわかってくると、英語のできない自分の周りにバカが集まりやすいのだと気づきますが、その前に帰国してしまう人の方が多いでしょうね)。 でも、ここからは本と離れますが、日本人が英語の勉強なんか本当にしなくても良かったのは、すでに10年ぐらい前の話です。 日本の経済基盤はもう崩れかけてるし、それどころか環境も政治も滅茶苦茶な状態なので、これから数十年にわたって勤労生活を送る世代の人たちは、日本にいて日本語だけを話していれば良いとも言ってられなくなるでしょう。その場合「この国を出よ」を実行したくても、言葉が通じないと辛酸を舐めることになります。 ファーストリテイリングが英語を社内の公用語にしたのも、これからのアジア展開を考えたら必要な決断だと思います。特に小売業界の場合、市場規模を考えたら日本に将来はありません。現地語の数が多すぎるアジア全域で商売をやろうと思ったら、やはり英語を使うしか道がないでしょう。会社が英語の勉強を援助してくれるのはすごーくありがたいことですよ。万一クビになっても自分の将来性が広がりますから。 英語を公用語にした日本企業では、たぶんシンガポールみたいに珍妙な、シングリッシュならぬジャパングリッシュが普及するんだろうとは思うし、それはそれで非常に苦々しく嘆かわしい事態ではありますが、世界経済の現実を見たらもうそんなことは言ってられません。 だけどそれでもやっぱり、英語業界のカモになってはいけません。高層ビルのオフィスでスーツを着た白人と握手しながら英語で自己紹介をする宣伝なんて頭から消しましょう。これからの日本人は、今まで根拠もなく見下してきたアジア各国で現地のお客様に頭を下げて、単数複数も時制も滅茶苦茶なジャパングリッシュで生き残るしかなくなるでしょう。 それを屈辱なんて思う人がいたら、その方が勘違い。米系企業の経営者はすでに、日本がロックフェラーセンターなんかを買い漁ってバブル景気に浮かれていた頃から、世界中でそれをやってるんです。「グローバル・ブランディング」なんてカタカナで読むと勘違いする人が多いと思いますが、彼らはみんな、業務拡張のためなら世界中どこでも誰にでもニコニコ愛想を振りまきます。経験値がまったく違いますよ。 まず「日本人の9割に英語はいらない」という事実を認識し、それから「これまでの日本人には英語はいらなかった」と解釈し、「これからはそうはいかない」という意識を持つことも必要だと思います。「発音が良い」以外に取り得のない「ネイティブ講師」なんぞに教えていだたくのではなく、実地で使える英語を叩き込んでくれる環境が必要です。悪いけど、日本人のTOEFLの平均点はアジアで最低のレベルだし、TOEICなんて日本の外に出たら誰も知りませんよ。 だから「英語業界のカモになるな!」はこれからも事実です。日本の英会話教室なんて役に立ちません。日本の学校で習う英語も、今の先生たちを全員クビにして入れ替えるぐらいの大改革をしないとダメでしょうが、保身第一のお役所がそんな英断を下すとは思えません。 今の日本は環境も政治も経済も教育も全部ダメ。こうなったら本当に、落ちぶれる一方の権威には頼らずに「自分の頭で考える」能力が必要になってくるのかもしれません。英語の習得もその一環として必要になるだろうと思います。
朝起きたら、急な仕事を「すぐやれ」というEメールが夜中に入っていました。それを送って来た人から朝9時前に「Eメール読んだか、すぐ訳せるか、朝のうちに終わるか」という電話がガンガン入ってきたものの、携帯電話を切ってあることにして無視。Eメールだけは「これから始める」と返事して作業開始。午前中に出すなら電話なんか出てられないってば。
先週から別件の仕上げで発狂しそうになっているのに、それがこの翻訳のために半日保留になり、本当に今日終わるのかと不安になることしばし。 翻訳の内容は気分が重くなる裁判資料。それを朝から特急でやって頭が痛い。でも「あと2時間」という予告どおりになんとか納品。 しかし原稿を返送してこない別件の校正者は午後になっても音信不通で、いったい何やってんだこの野郎、と思っているうちにまた別の仕事の依頼。 「月曜の朝までにできるか」という問い合わせに、当然「OK」と返事しながらも、人の手配をどうするか考え始めると余計気が狂いそう。で、慌てて予定を打診した従業員の煮え切らない嫌そうな返事を読んで、仕事の打診を真っ先にもらえるのをありがたく思え未熟者、と思いながらも口には出さず。未熟者を鍛えるのは私の役目ですけど、緊急時はそれどころじゃないんです。 夜になって、連絡の途絶えていた校正者から「今バリに来てるから仕事が遅れてる」という連絡。そういうことは受注する前に言ってよ。というより、どこにいてもいいから仕事はニューヨーク時間でやってよ。 「なんでそんなに仕事するの?」とか「断ればいいじゃない」とか言う人も前はよくいましたが、自分で商売してる人ならそんなことは考えないと思います。断った仕事は他所に流れてしまいますから。せっかく毎回私の所に依頼が来てるのに、ここで途絶えては商売にならない。仕事がほしかったら絶対できない場合を除いて断ってはいけないんです。私だって気分で仕事を選り好みするフリーランサーは嫌いだし。 だけどそろそろ本当に仕事の進め方を考えないと、そのうち脳味噌が壊れそうです。
昔の特権階級の子女は家で個人教授を受けました。今ではほとんどの子供が学校に通いますが、その主な理由は学科の勉強ではありません。社会に出る前に、長いものには巻かれないと轢き殺されるということを覚えるためです。
誰だって朝早く起きて慌てて着替えと食事をして家を出るなんて嫌です。お天気が良くて外で遊びたいのに教室の蛍光灯の下で教科書を読むなんて嫌です。だけど本能のままに生きていたら社会生活ができないので、先生の言うことを聞いて時間割どおりの日課を消化することを子供は覚えます。会社員になるための下準備みたいなものです。 私はどうも要領が悪くて、幼稚園でついたあだ名がこれでした(しかし今では何をやってもだいたい周りの人より早いので、子供の頃に余計な心配をするのは徒労です)。学校の授業は適当に聞き流せば理解できたので、小さい頃はずっと窓の外を見てボケーっとしており、他の子から学級なんとか日誌に「X子ちゃんはじゅぎょう中、いつもよそ見をしてボーっとしています。いけないとおもいます」などと書かれたりしてました。そんなこと言われたって、他に何をやったら良いのかわかりませんよ。落書きも好きだったけど、見つかると怒られたし。 中学の時は国語の先生に「あなた、授業が簡単すぎてつまらないんでしょう」と言われたことがありましたが、退屈な授業に耐えるのも学校に行く理由の一つです。それができない私は相変わらず窓の外をボケーっと眺めていました。校舎の隣りにお墓があって、そこの木立が四季を通じてきれいだったのを覚えています。音楽をやるために必要な妄想のエネルギーを培ったのもこの時だと思います。 だけど授業を聞かない習慣がすっかり染み付いてしまったために、暗記が必要な科目ほどひどい成績になり、理系と社会科系は完全な沈没状態でした。ある程度は理屈だけでも対応できる数学と、当てずっぽうでも結構当たった英語については範囲不定の実力テストで良い点が取れたため、沈没までは行かない程度の成績を行ったりきたりしていました。 私みたいな子供に勉強させるには、きついペースでどんどん課題を与えた方が効果があったと思います。だけど先生たちも、それをやるのは骨が折れますからね。風紀だの服装だの休み時間に間食はいかんだの、どうでもいい説教をたれて威張っている方がずっと楽なんです。 こうして高校を卒業する頃までには、長いものに巻かれるのが上手な子とそうでない子、力のある人に気に入られるのが上手な子とそうでない子の違いがほぼ決定的になっています。私は両方とも全然ダメでした。 だけど、もしあの学校とは違った環境にいて、誰か一人ぐらい私のことを上手に扱える大人がいたら、もう少しは無事に育ったかもしれません。たぶん親も含めてみんなが持て余してたんでしょうね。 私は後になんと塾の講師をやったりして、やってみたら生徒の成績は誇張でなくガンガン上がり、担当した生徒が進学してからも英語の個人指導を依頼してきたぐらいですから、子供の時に親や先生が持て余したからといって役立たずでも何でもないわけです。今にして思うと、長いものに巻かれ、自分より上にいる人の顔色ばかりを気にするように育っていたら、授業中に飽きっぽい子供を引っ張っていく力もつかなかったんじゃないかと思います。 一部の優秀な学校で、理解力と指導力と意欲のある良い先生に恵まれた幸運な例外を除くと、学校は長いものに巻かれることを覚えに行く所です。巻かれた方が得をして生きていける人も世の中には大勢いると思います。逆に言えば、「自分の頭で物を考える」なんていう建前を実行するのは本当に危険なことです。 だけど世の中には、上にいる人の言うことを何でも聞き入れて順応することができない私のような少数の人間も存在するわけで、こういう性質はほぼ生まれつきだと思います。特に女の子の場合は苦労するんじゃないかと思いますが、もうちょっと無事に育つことができる環境もあるはずだと思います。というか、あってほしいです。
私はもともと音楽をやっていて、けっこう有名な音楽科のある学校に通っていました。しかし私のやっていることは「真面目な芸術」とは認めてもらえない変な雰囲気の中で、やむなく普通科に籍を置き、あの頃から学校には不信感しかありませんでした。
だけど音楽科で偉そうな顔をしていた先生方よりも、私が学校の外で個人指導を受けていた先生の方が、演奏家としての実力も世間的な知名度もはるかに上でした。しかもその先生は10代半ばでさっさと海外に出てしまった人なので、日本の最終学歴は中卒。本人もそれに引け目を感じてはいませんでした。 私はそんなわけで中学の途中ぐらいから、中身の伴わない権威主義のバカバカしさを嫌というほど思い知りました。音楽のテストの回答でも、分野によっては先生より私の方が知識があって、先生向きにわざと間違った記述をしないと正解にしてもらえないこともありました。そんな学校や先生に尊敬の念なんて持つはずがありません。本当にバカみたいでした(だけどそこ本当に、ヒントも出せないぐらいの有名校ですよ)。 高校の授業中ほぼ寝て過ごしたことは前にも書きましたが、それでも今は頭脳労働で生計を立てていますから、音楽以外の授業もあんまり役には立ちませんでした。英語の成績は真ん中辺、自然科学系の成績は下から数えてすぐだったと思います。それでも今では医薬品の研究開発会議とか特許権侵害訴訟で、同時通訳や証拠物件の翻訳が務まったりするわけですから、10代の6年間、充実していたはずの気力と体力を無駄な学校に吸い取られてしまった恨みはかなり大きなものがあります。 国語の読解だけは勉強しなくても人より得意でした。当時の普通科の水準は、東大合格者が年に1人か2人ぐらい出る程度でしたが、国語の成績は彼女たちと同じぐらいだったと思います。だけど別に努力の成果ではなかったし、授業中に昼寝しててもこのぐらいなんだから、やっぱり授業なんて無駄だと思ってました。 周りからはとんでもない不届き物と思われていた模様ですが、当時の私はどんなに生意気で屈折していようと10代の子供でしたから、学校で味わった失望感と疎外感に打ちのめされたのは当然です。高校を卒業する頃には慢性頭痛だの胃潰瘍だの摂食障害だの、心療内科のお得意さんになりそうな症状を山ほど抱えていました。子供時代のトラウマに対して何の治療も受けずに海外に出てしまったのは今思うと恐ろしい話ですが、とにかく環境を変えないと死ぬかもしれないという判断は、基本的に正しかったと思います。 そんなわけで、現在の職務環境で非優等生型の変り種を見つけると私は非常に安心します。逆に似たような学校を出て、似たような経歴を辿って、似たような服装や髪型をしていることに安心感を覚える人たちとは相性が悪く、一緒にいると閉塞感が強すぎて苦しいのでした。 翻訳や通訳で第一線の仕事をしているのは割と高学歴の元優等生が多いのですが、彼らの方は、あんまり変なのが自分と同じ仕事をしていると不安になるというか、腹が立つこともあるようです。基本的に、仕事の役に立てばどっちでもいいじゃんと私は思うのですが、高学歴が自尊心の根拠になっている人たちと、学校そのものに価値を認めていない逸脱者の関係は、水と油の部分があるのかもしれません。 だけど私のところで働いてる人たちも結果的にかなり高学歴が多いし、別にそういう人たちを敵対視しているわけではありません。中には元水商売なんていうのも結構混ざってますが、そういうのを混ぜようと思って雇ったわけでもありません。こんな自転車操業の零細で役に立たない人に給料を払う余裕はないので、仕事の能力は公平に見て評価していると思います。
もう20年近く前、男性誌のGQを突発的に買ったことがあります。アル・パチーノの表紙が一瞬で気に入って、なんと美しい人だろうと思って店頭で手に取って、これはやっぱり持ち帰ろうと決めたのでした。
Googleで探したら出てきました。これです。今見ると、あの頃の私ってここまで年齢不相応に渋好みだったのかと驚きますが、それでも彼の見た目年齢はかなり若く、当時の実年齢は52歳。10代の男の子も読んでる雑誌の表紙になっちゃうんだから格好よすぎです。 実はアル・パチーノの映画は一本も見てないし、別にファンでもなかったし、GQの写真を見て突然買おうと思い立った理由は「表紙が気に入ったから」だけなのですが、後にも先にもそういうことはなく、1992年に一度だけ男性誌を買ったことだけは記憶していたのでした。 買ったからには中身もじっくり見ました。女性誌と比べてすっきりした誌面で、記事の内容も良くて、かなり印象は良かったです。GQのファッションページみたいな格好の男が街に溢れたら恐ろしすぎるとは思ったものの、現実を見たらその可能性が皆無に近いことはわかっていました。 そして最近また突然、今度はGQの仕事をすることになりました。女性誌の編集部なら行ったことがありますが、今回はお洒落な男性ばかり大量に集まっているという、雑誌の編集部としてはかなり珍しい環境でした。日本版のGQは今月の表紙が中田英寿。こういう雑誌の魅力は素材に左右される部分がかなり大きいと思いますが、完全にはまってます。私としては先月の海老蔵はイヤだけど。 ちなみに私はアメリカに来て以来、雑誌をたくさん読んでいます。基礎英語の表現はそれでほとんど覚えたようなもの。一番よく読んだのはMademoiselleだと思いますが、突然廃刊になった時は本当に残念でした。
かつて通訳をしに行った会議で、取り巻きを連れて私の真後ろに座っていた人が、先日暗殺されました。ニューヨークタイムズの一面に、血まみれの写真が公開されていたそうです。誰がそんなもの見たがるんだ。その翌年の同じ会議で私が通訳をした人は、ずっと精神病院に入っている模様です。
相変わらずスティーブ・ジョブズ関連の日本語報道が氾濫しているのもうんざり。どうでもいい情報ばかり大量に垂れ流すガジェットの乱開発はもうどうでもいいから、流すべき情報の質と目的について少しぐらい考える人が増えてこないのはなぜでしょう。かつてソニーがウォークマンを出した時には、公共の場で自分の世界に浸っている人が一気に大量発生したことに腹が立ちましたが、今ではリンゴの玩具を隠れ蓑に周りが見えない振りをする奴を見ると殴りたくなります。私は疲れると凶暴になりますから。 相変わらず「今度はいつ日本に帰るのか」という質問にも困っています。8月に東京で1週間過ごした時は、着いた翌日から咳がひどくなり、ニューヨークに戻ってからも1ヶ月ぐらい体調が悪いままでした。「家も買ったし、仕事も学校もあるんだから、被曝したって引越しなんかできるわけないだろう」などという人に言うことはもう何もありませんが、私は今の東京の汚染状態に浸って運命を共にするのはイヤです。
人の不幸ばかり見ている上に、神経が尖りっぱなしの仕事をしていると心身共に疲弊してしまうことがあります。医学部の学生は自殺が多いとか、外科医は平均寿命が短いとかよく聞きます。一番怖かったのは、ある種の脳腫瘍が通訳者に多発するという噂ですが、真偽のほどは知りません。
通訳をしていて人が死ぬのを見ることはほとんどありませんが、DV、レイプ、詐欺、懲役など、できれば関わらない方がありがたい状況にはかなり長く深く立ち会います。しかもここしばらく依頼人が精神病院に入ったり逮捕されたり元配偶者を訴えたり、人生が暗くなりそうな思いばかりしています。 おまけに日本と電話会議だったりするとこっちの時間は夜中になることが多く、 12時を過ぎるまで刑務所の話なんかを休みなしに訳していると、終わったからといって眠れないうちに朝になるのでした。 会社勤めをしている人は、通訳の1日料金がx万とか聞くと、それに20や30を掛けて月収軽く100万以上とか勝手に計算していることもあるようですが、これを月に20回も30回も休みなしにやっていたら、すぐに病院行きになるのは間違いありません。 あとは資料を読んだり業務連絡や事務を片付けるための時間も必要なんですけど、そういうことはどんなに説明してもわかってもらえないです。業務中に疲れきった通訳者は突然意識不明になって居眠りを始めることもあるようですが、不真面目で退屈しているわけではないです。どっちかというと昏睡状態に近くて危ないかもしれません。
会社で仕事をしていた頃の私は、はっきり言って浮いてました。組織の末端で上から指示を待つという態度がまったくなかったし、上からの指示なんか待ってたら仕事が進まない状態でした。上司より決断も行動も作業も早かったと思います。そういう不遜なことを考える勝手な社員、特に末端にいる女が、上から好かれないのは当然です。上司は苦々しい思いをしつつも、私がいないと仕事が遅れるので文句が言えない状態でした。翻訳を始めてからは特にそうだったと思います。
どこへ行っても首になる前に辞めていましたが、会社のパーティに私だけが誘われなかったことなんかもありました。私としては人より成果を上げているのに邪魔臭く扱われる理不尽さを味わいつくし、これなら自分で全部仕切った方がうまく行くと思って独立したわけです。 その後は色々と紆余曲折を経て、まあ自分の判断は正しかったんじゃないかと思っています。しかし。 スティーブ・ジョブズの迷惑行為の数々を読むと、どうも他人事とは思えない部分も少なからずあり、だからこそ余計に気分が悪いのでした。こういうのを目くそ鼻くそとも言いますが、私の場合はしがない零細の経営者なので、その分だけ迷惑行為の規模もはるかに小さいと考えて良いかと思います。 しかし私には隠し子はいません。念のため。
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